深沢七郎さん(2)

 京王井の頭線東松原駅近くの銭湯で初めて出会った私と深沢さんは、湯船の中で10分ほど話し合ったあと「ぼちぼち出ましょうか」と二人で脱衣場に向かい、服を着た。すると深沢さんは

「今からうちに来ませんか」

と私を誘った。折角有名人と顔見知りになったのに、このまま別れるのはもったいないと思っていた私は深沢さんについて行った。

「うちと言ってもねぇ、俺は独り者の居候でね。本当は弟の家だけどね」

と言いながら着いたのは、私の下宿とは井の頭線をはさんで反対側の羽根木町一丁目で表通りから一本入ったところだった。直線距離にすると私の下宿から100メートルとは離れていなかった。

表札に「深沢貞造」と書かれた弟さんの深沢邸は木造一部2階建てで建坪約200平方メートルくらいのお屋敷だった。玄関を入ると左側が洋間になっており、そこが応接間兼深沢さんの居間みたいになっていた。ギターが何本か壁にかかっていた。 深沢さん、お茶を入れて応接間に現れた弟さんの奥さんに

「さっき風呂で会ったんだけど、いい人みたいだからこれからちょくちょく来て貰うのでよろしく」

と私を紹介した。そして私に言った。

「私の原稿を清書してくれる人を探しているんです。やってもらえないだろうか」

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